第3章「命を守れる泳力」を目指して

水泳を教える、その先にあるもの

―ようどう館が水泳を教える理由―

ようどう館では、子供達に泳ぎ方を教えています。

水に慣れ、浮けるようになり、バタ足を覚え、手を回し、息継ぎを覚える。そして25mを泳げるようになる。

しかし、ようどう館が目指しているのは、単に「25m泳げました」というところではありません。

もっと長く、呼吸をしながら、落ち着いて泳ぎ続けられる力を身につけてほしい。

その先にあるのが、

「自分の命を守れる泳力」

です。

水泳には、他のスポーツとは少し違う一面があります。

野球ができなくても、サッカーができなくても、それによって直接命に関わることは通常ありません。

しかし、水の中では違います。

思いがけず水に落ちたとき、自分の身体を浮かせ、呼吸を確保し、水中で行動できる力が、生き延びるための助けになることがあります。

だからこそ、ようどう館では「泳げる」という言葉を、少し重く考えています。


1.「泳げるようになる」ことが、まず第一

ようどう館は「心と体を育てます」をスローガンにしています。

挨拶や返事をすること。

努力すること。

仲間と練習すること。

自分で考えて行動すること。

水泳を通して、そうしたことも学んでほしいと考えています。

しかし、その前提として忘れてはいけないことがあります。

ようどう館は水泳教室である。

ということです。

まず、子供達を泳げるようにしなければなりません。

第470号「脱力ができる」には、ようどう館が400mという泳力を大切にする根拠となった研究を行った佐賀大学教授日高先生の言葉が紹介されています。

「あなた達はまずは泳げる子供を育てんといかんぞ!」

水の事故について考えると、着衣泳や水に浮いて待つことなど、学ぶべきことはいくつもあります。

しかし、それらと同時に、ようどう館が長年取り組んできたのは、まず泳力そのものを身につけてもらうことでした。

泳げない子を泳げるようにする。

そして、少し泳げる子を、もっと長く泳げるようにする。

その積み重ねが、「命を守れる泳力」につながると考えています。


2.「泳げる」とは何だろう

一口に「泳げる」と言っても、その意味は人によって違います。

顔を水につけられれば「泳げる」と感じる人もいるでしょう。

5m進めれば泳げる。

25m泳げれば泳げる。

学校のプールを往復できれば泳げる。

考え方はさまざまです。

ようどう館でも、25mクロールを泳げるようになることは大きな目標の一つです。

初めて25mを泳ぎ切った時の喜びは大きなものです。

しかし、25mはゴールではありません。

息継ぎが十分に身についていなければ、それ以上泳ぎ続けることは難しいでしょう。

力いっぱい25mを泳げても、その泳ぎ方では長い距離を泳ぐことはできません。

そこで、ようどう館では25mを泳げるようになった後も練習を続けます。

呼吸を整えながら泳ぐ。

余計な力を抜く。

楽なペースで泳ぐ。

距離を少しずつ伸ばしていく。

さらに平泳ぎなども覚えていく。

「何とか25m泳げる」から、

「落ち着いて、長く泳げる」へ。

この違いを、ようどう館では大切にしています。

25mの先については、第4章で詳しく取り上げます。


3.400mという目標はどこから来たのか

ようどう館が「命を守れる泳力」を考えるうえで、一つの目安としてきたのが400mです。

この数字は、何となく決めたものではありません。

背景には、日高先生による水泳と浮標能力についての研究があります。

ようどう館が資料としてきた研究では、875名を対象に泳力と浮標能力との関係が調べられました。

その中で、400m以上泳ぐことができた参加者は、例外なく10分間の浮標テストの上限まで浮き続けることができたという結果が示されています。

ここで大切なのは、この結果の読み方です。

「400m泳げれば、どんな水難事故でも助かる」

という意味ではありません。

この研究で確認されたのは、研究に参加した人達について、400m以上の泳力を持つ人が10分間の浮標テストでも一定の能力を示したという関係です。

海や川では、プールにはない条件があります。

流れ。

波。

水温。

風。

視界。

衣服。

落水時の衝撃。

周囲の障害物。

そして、その時の体調や心理状態。

したがって、400mは「安全を保証する数字」ではありません。

それでも、短い距離だけでなく、ある程度長い距離を泳ぎ続けられる力を身につけることは、水中で自分の身体を扱うための大切な基礎になる。

その考えから、ようどう館では400mを大切な泳力目標の一つとしてきました。

この研究と400mの意味については、第5章で詳しく紹介します。


4.プールの水と、自然の水は違う

初代館長から受け継がれてきた考え方を語る際、ようどう館では、

プールは「死んだ水」、海や川は「生きた水」

という表現を使うことがあります。

少し強い表現ですが、言いたいことは明確です。

プールの水は、基本的に流れがなく、コースがあり、壁があり、水深も分かっています。

一方、海や川の水は動きます。

波や流れがあり、足元の状態も一定ではありません。

だから、プールで泳げることと、自然の水の中で安全に行動できることは同じではありません。

現館長自身も、それを体験しています。


5.3.8km泳げても、海は思い通りにならない

第289号「遠泳大会」には、現館長が2002年に海の遠泳大会へ出場した経験が書かれています。

7月28日、能古島からシーサイドももちまでの3.8kmを泳ぐ大会でした。

現館長を含む、ようどう館の先生4人が参加しました。

長年水泳を続けてきた現館長でも、初めて海の大会を泳ぐ前には不安がありました。

そして実際に泳いでみると、プールとは勝手が違います。

途中の給水地点へ向かおうとしても、潮の流れの影響で思うように近づけない。

さらに、目印として福岡タワーを見ながら泳いでいたところ、監視船から福岡ドームを目印にするよう助言されたこともありました。

プールなら、コースロープに沿って泳げば目的地へ着きます。

しかし海では、自分が真っすぐ泳いでいるつもりでも、波や潮によって進む方向が変わります。

この大会には監視船などの安全管理がありました。

したがって、この経験を普通の海水浴や水難事故と同じように考えることはできません。

それでも、

泳力があることと、自然の水を安全に泳げることは同じではない。

ということを考える、現館長自身の経験になりました。


6.プールでは2500m。ところが海では……

同じことを、別の例も教えてくれます。

第480号「有酸素運動で泳ぐ」には、現館長が同年代の友人に水泳を教えた話が登場します。

その友人は、50歳になってから水泳を始めました。

ようどう館で子供達に教えているのと同じように、浮くところから始め、蹴伸び、手回し、息継ぎへと進みました。

初日には25m。

3か月もしないうちに500m。

その後も練習を続け、プールでは2500mほど泳げる力を身につけました。

現館長が繰り返し伝えたのは、

「速く泳がんでよか!楽ちんに泳ぎんしゃい。」

ということでした。

ところが、第492号「虹の松原トライアスロン」で、その友人が海を泳ぐと事情が変わります。

2019年6月16日、トライアスロンに挑戦しました。

プールでは十分な距離を泳げるようになっていました。

しかし海では、波の中で進行方向を保つことに苦労しました。

結果は、スイムの制限時間に間に合わず、残り約200mのところで強制終了となりました。

これは、泳力がなかったという単純な話ではありません。

プールで長く泳げる力と、自然水域で泳ぐために必要な力には違いがあることを示す経験です。


7.6年後、再び海へ

その話には続きがあります。

第564号「天草トライアスロン」です。

2019年の挑戦から6年後。

2025年5月25日、その友人は天草のトライアスロンに再挑戦しました。

今回は1.5kmのスイムを47分59秒で完泳。

その後、自転車とランニングも走り切り、3時間39分でゴールしました。

水泳を始めることを決めてから、足掛け7年。

一度は達成できなかった目標に再び挑戦し、今度はゴールまでたどり着きました。

これは「続けること」の意味を考えるうえでも興味深い話です。

しかし、ここでも海の難しさはなくなったわけではありませんでした。

泳いでいる途中で進行方向を見失い、一時はパニックになったことも記されています。

十分に練習し、以前より泳げるようになっても、自然の水にはプールとは異なる難しさがあります。

だからこそ、

「長く泳げるから海でも大丈夫」

とは考えないことが重要です。

自然水域では、天候や波、流れ、水温、場所の特性を確認し、安全管理や監視、必要な装備などを整えることが前提になります。

そして危険な状況では、泳力を過信せず、そもそも水に入らない判断も必要です。


8.学校水泳にも「命を守る」という役割がある

子供が水泳を学ぶ場所は、スイミングスクールだけではありません。

学校の水泳授業も、長くその役割を担ってきました。

しかし、学校プールの老朽化や維持管理の負担などによって、水泳授業を取り巻く環境も変化しています。

ようどう館では、第526号「学校の水泳授業の行方」などで、この変化について考えてきました。

また現館長自身、小学校で水泳を指導した経験があります。

第481号「小学校で水泳指導」には、低学年の水泳指導に関わった際、水を怖がる子供達と、それ以外の子供達を分け、それぞれの泳力に合わせて指導した経験が記されています。

短い期間ですべての子供を泳げるようにできたわけではありません。

そのことも含めて記録しています。

一方、水が怖かった子が顔をつけられるようになる。

泳げる子は、みんなの前で泳ぎを見せる。

それぞれの現在地に応じた学びがあります。

ようどう館が学校水泳について関心を持ち続けている理由の一つは、子供が水に触れ、泳ぎを覚える機会そのものを大切だと考えているからです。


9.「学校水泳の力」

第576号「学校水泳の力」でも、現館長は学校水泳を取り巻く変化について取り上げています。

その中で、ようどう館が子供達に身につけてほしいものについて、改めてこう書いています。

「本館もそれらをHPに載せていますが、それに加えて子供達に “自分の命を守れる泳力” をマスターしてほしいと考えています。」

これは、ようどう館が水泳を教える理由を非常に分かりやすく表した言葉です。

水に浮いて待つ方法を知ることも大切です。

水辺の危険を知ることも大切です。

危険な場所に近づかないことも大切です。

助けを呼ぶことも大切です。

そして、自分自身が泳げることも大切です。

これらは、どれか一つだけあればよいというものではありません。

ようどう館が担ってきたのは、その中でも特に、子供達に実際の泳力を身につけてもらうことです。


10.泳げることは、一生の財産にもなる

泳力には、もう一つの側面があります。

水難時に役立つ可能性があるだけでなく、一度身につけた泳ぎは、長い人生の中で楽しみや運動の手段にもなります。

第430号「マスターズ水泳」には、75歳で水泳を始めた女性の話や、80歳から水泳を始めた長岡三重子さんの話をきっかけに、現館長自身がマスターズ水泳について考えたことが書かれています。

現館長自身も、子供の頃から続けてきた水泳を、大人になってからも続けています。

仲間と練習する。

大会に出る。

記録に挑戦する。

年齢を重ねれば、若い頃と同じ練習をする必要はありません。

その時々の身体や生活に合わせて、水泳との付き合い方を変えることもできます。

「命を守れる泳力」という言葉だけを見ると、水泳の価値が水難事故への備えだけのように聞こえるかもしれません。

しかし、そうではありません。

子供の時に身につけた泳力が、何十年後にも身体を動かす楽しみとして残ることがあります。

その意味でも、泳げることは一生の財産になり得ます。


11.泳力を過信しないことも、水泳教育

「命を守れる泳力」を掲げるからこそ、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

それは、

泳げるから大丈夫、ではない。

ということです。

400m泳げても、自然水域の安全が保証されるわけではありません。

何kmもプールで泳げても、海の波や流れには苦労します。

水泳経験の豊富な人でも、初めての自然水域では不安を感じます。

水温や天候、流れによっては、水に入らないことが最善の判断になる場合もあります。

また、溺れている人を見つけたときに、自分の泳力を頼りに不用意に飛び込むことが安全とは限りません。

泳力を身につける。

水の危険を知る。

自分の力の限界も知る。

危険を避ける。

必要なときには周囲へ助けを求める。

ようどう館がいう「命を守れる泳力」は、泳力を過信することとは正反対の考え方でなければなりません。


12.だから、25mの先へ

子供が初めて25mを泳いだ時、本人も保護者も嬉しいものです。

指導者にとっても、大きな節目です。

しかし、ようどう館ではそこで終わりにはしません。

25mを泳げたら、その泳ぎをより確かなものにする。

息継ぎを身につける。

余計な力を抜く。

楽に泳げるようにする。

50m、100mと距離を伸ばす。

平泳ぎを覚える。

さらに長く泳げる力へつなげる。

なぜ、そこまで進むのでしょうか。

答えは、ようどう館が「泳げる」ということを、単にプールの端から端まで行けることとは考えていないからです。

泳ぎ続けられること。

水の中で自分の身体を扱えること。

そして、その泳力が、いざという時に自分の命を守る一助となること。

そこまでを見据えているからこそ、25mはゴールではなく、大切な通過点になります。


この章のまとめ

ようどう館が水泳を教える理由の根底には、

子供達に「自分の命を守れる泳力」を身につけてほしい

という願いがあります。

そのためには、まず泳げるようになることが必要です。

水に慣れる。

力を抜いて浮く。

呼吸を覚える。

25mを泳ぐ。

さらに、無理のないペースで長く泳げる力へつなげていく。

その一つの目標として、ようどう館では日高先生の研究を背景に400mという距離を大切にしてきました。

しかし、400mは「安全を保証する数字」ではありません。

現館長自身の3.8km遠泳や、50歳から水泳を始めた友人の二度のトライアスロン挑戦からも、プールと海では条件が大きく異なることが分かります。

だからこそ、

泳力を身につけること。
水の危険を知ること。
自分の力を過信しないこと。

そのすべてが大切です。

そして、子供の頃に身につけた泳力は、水難時に役立つ可能性だけでなく、大人になっても楽しめる運動として残ることがあります。

命を守るための力であり、一生楽しむことのできる力でもある。

それが、ようどう館が子供達に水泳を教え続けている大きな理由です。

次の第4章では、この考えをさらに具体的にして、**「なぜ25mで終わらないのか」**を、ようどう館の指導と実際の子供達の泳力の変化から見ていきます。