第5章 なぜ400mなのか

― 命を守れる泳力を考える ―

400m完泳を一つの目標に

ようどう館では、25mを泳げるようになることを大きな節目としながらも、そこで水泳学習を終わりとは考えていません。

25mから50mへ。

50mから100mへ。

そして、さらに長く泳げるように。

その先に、ようどう館が長年、一つの重要な目標としてきた距離があります。

400mです。

なぜ400mなのでしょうか。

きりのよい500mでもなく、学校のプールを4往復する200mでもなく、なぜ400mなのか。

その背景には、佐賀大学教授日高先生の研究があります。

そして400mという距離を考えていくと、ようどう館がいう「命を守れる泳力」が、単に長い距離を泳げればよいという意味ではないことも見えてきます。


1.400mは、何となく決めた距離ではない

ようどう館が400mを大切にしている理由について、現館長は第496号「いろいろ雑感」で、次のように書いています。

「本館が『400m泳げると命を守れる可能性が高くなる』としているのは日高先生の研究結果を根拠にしています。」

日高先生は、初代館長・古賀雄二が水泳指導に携わっていた佐賀水泳研究会(略称:佐賀水研)時代からつながりのある人物です。

現館長自身も、後に健康運動センターで日高先生と再会しています。

つまり、400mという目標は、ようどう館が後から宣伝のためにつくった数字ではありません。

ようどう館の指導の源流にある水泳研究から受け継いできた、一つの指標なのです。


2.875名を調べた泳力と浮標能力の研究

日高先生の研究では、875名について、泳げる距離と水に浮いていられる時間との関係が調べられました。

その結果、泳げる距離が長くなるにつれて、浮いていられる時間も長くなる傾向が見られました。

そして、ようどう館が特に注目してきたのが、

400m以上泳げた研究参加者は、例外なく10分間の浮標テストの上限まで浮くことができた

という結果です。

ここから、ようどう館では400mという距離を「命を守れる泳力」を考える一つの目安としてきました。

ただし、この結果には重要な注意点があります。

これは、

「人間は400m泳げれば必ず10分間浮ける」

という普遍的な法則を証明したものではありません。

研究に参加した人達の中で、400m以上泳げた人は全員、設定されていた10分間の浮標テストを完了した、という結果です。

また、テストが10分で終了しているため、その人達が実際には何分まで浮いていられたのかも、この研究からは分かりません。

ようどう館が400mを大切にしているのは、この研究結果を一つの根拠として、

ある程度長く泳げる力と、水中で身体を保ち続ける力との間に関係が見られた

からです。


3.「10分浮ける」ことをどう考えるか

水に落ちた時に重要なのは、必ずしも速く泳ぐことではありません。

まず呼吸を確保する。

身体を水面に保つ。

できるだけ落ち着いて行動する。

必要な場合には助けを待つ。

そうした能力も重要です。

だからこそ、ようどう館では「何m泳げるか」だけではなく、浮いていられることにも注目してきました。

ただし、ここでも誤解してはいけません。

10分浮けるから、10分後には必ず救助されるわけではありません。

救急車の現場到着時間と、水難事故で実際に救助されるまでの時間は同じではないからです。

事故が起きた場所、発見されるまでの時間、通報、救助体制、海や川の状況などによって大きく変わります。

したがって、

「10分浮ければ救急車が来るから助かる」

という説明にはしません。

日高先生の研究における「10分」は、あくまで浮標テストで設定された時間として考える必要があります。


4.なぜ400m泳げる子は、長く浮けたのだろう

400mを泳ぐためには、25mを力いっぱい泳ぐ時とは違う泳ぎ方が必要になります。

息継ぎができなければ続きません。

身体に余計な力が入っていれば疲れます。

自分が続けられるペースも必要です。

ようどう館が最初の練習から「脱力」を大切にしている理由も、ここにつながります。

第470号「脱力ができる」で現館長は、

「全てのスポーツで言えることですが、力を入れるポイント抜くポイントがとても大切で、力を入れっぱなしではパフォーマンスは向上しない」

と書いています。

長く泳ぐためには、必要なところでは力を使い、それ以外では余計な力を抜くことが大切です。

だからこそ、ようどう館の練習は、最初の「顔上げ足ピン」でプカ〜ンと浮くところから始まります。

400mは、突然現れる目標ではありません。

浮くことから始めた指導の延長線上にある距離なのです。

ただし、「脱力できれば水難事故でも必ず浮ける」「400m泳げればパニックにならない」という意味ではありません。

練習で身につけた泳力と、実際の緊急事態は分けて考える必要があります。


5.プールは「死んだ水」、自然は「生きた水」

ようどう館では、初代館長の時代から、

プールは「死んだ水」、海や川は「生きた水」

という表現が伝えられてきました。

プールの水は、基本的には静かです。

コースロープがあり、壁があり、水深も分かっています。

監視する人もいます。

一方、海や川の水は動きます。

波があります。

流れがあります。

風があります。

水温も一定ではありません。

底の状態も分かりません。

つまり、

400mという目標はプールで泳力を身につけるための重要な指標ではあっても、400m泳げれば海や川でも安全という意味ではありません。

この違いを、現館長自身が身をもって経験しています。


6.初めての3.8km遠泳

第289号「遠泳大会」には、2002年7月28日に現館長が海の遠泳大会へ参加した経験が書かれています。

泳いだのは、能古島からシーサイドももちまでの3.8km。

ようどう館の先生4人で参加しました。

現館長は子供の頃から水泳を続けてきました。

3.8kmという距離を泳ぐ泳力もありました。

それでも、初めて海の大会を泳ぐ前には不安がありました。

実際に泳ぎ始めると、プールとの違いを経験します。

途中の給水地点へ向かおうとしても、潮の流れによって思うように近づけません。

目印として福岡タワーを見ながら泳いでいたところ、監視船から福岡ドームを目印にするようにと助言されたこともありました。

プールなら、コースロープに沿って泳げば目的地へ着きます。

海ではそうはいきません。

真っすぐ泳いでいるつもりでも、流されます。

目的地そのものを見ながら泳いでも、潮の流れによっては別の方向を目指した方がよいことさえあります。

この大会は、監視船や給水などの安全管理が行われた競技です。

普通の海水浴や、突然起こる水難事故とは条件が違います。

それでも現館長にとって、

「泳げること」と「自然の水の中で泳ぐこと」は同じではない

と実感する経験になりました。


7.プールで2500m泳げても、海では泳ぎ切れなかった

さらに分かりやすい例があります。

第492号「虹の松原トライアスロン」に登場する、現館長と同年代の友人です。

この友人は50歳になってから水泳を始めました。

最初は、ようどう館で子供達に教えるのと同じように、浮くところから練習しました。

そして初日に25m。

3か月もしないうちに500m。

その後も週2回ほど練習し、プールでは2500mほど泳げるようになりました。

そこで2019年6月16日、トライアスロンに挑戦します。

プールで2500m泳げるのであれば、泳力だけを考えれば十分に見えるかもしれません。

ところが海では、波の中で進行方向を保つことに苦労しました。

結果は、スイムの制限時間までにゴールできず、残り約200mのところで強制終了となりました。

ここで大切なのは、

「2500m泳げるのに失敗した」

と考えることではありません。

プールで2500m泳げる力があっても、

海では方向確認や波への対応など、別の要素が必要になる

ということです。

400mという泳力について考える時にも、この違いを忘れることはできません。


8.6年後の再挑戦

この友人の話には、続きがあります。

第564号「天草トライアスロン」です。

2019年の挑戦から6年後の2025年5月25日。

再びトライアスロンへ挑戦しました。

今度は1.5kmのスイムを47分59秒で完泳。

さらに自転車、ランニングまで走り切り、3時間39分でゴールしました。

水泳を始める決意をしてから足掛け7年。

一度は達成できなかった目標を、ついに達成しました。

この話は第9章「続けることの意味」でも重要な事例になります。

しかし、第5章で注目したいのは別の部分です。

今回は完泳したものの、海では進行方向を見失い、一時パニックになったことが記されています。

泳力は以前より向上している。

一度海の大会も経験している。

それでも、自然の水では予想外のことが起こります。

この二度のトライアスロン挑戦は、

プールで泳げる距離だけでは、自然水域での安全性を測ることはできない。

ということを具体的に教えてくれます。


9.400mは「ゴール」ではなく「土台」

ここまで読むと、

「それなら400mを目標にする意味はないのでは?」

と思うかもしれません。

そうではありません。

海や川での安全を400mだけで保証できないことと、400m泳げる力に意味がないことは、まったく別です。

泳げないより、泳げる。

短い距離しか泳げないより、呼吸をしながら長く泳げる。

力いっぱい泳ぐしかないより、力を抜いて泳ぎ続けられる。

水中で自分の身体を扱うための基礎能力として、泳力を高めておくことには意味があります。

だから、ようどう館が考える400mは、

「ここまで泳げれば絶対安全」という合格ラインではありません。

むしろ、

水の中で自分の身体を扱うために身につけておきたい、しっかりとした泳力の一つの目標

と考える方が適切です。

日高先生の研究は、その目標を考えるための重要な根拠になりました。


10.「まずは泳げる子供を育てんといかんぞ!」

水辺の安全教育には、さまざまな方法があります。

水に落ちた時に浮いて待つ。

衣服を着た状態で水に入ると、普段の水着とは違うことを知る。

危険な場所に近づかない。

天候や水温を確認する。

ライフジャケットを使う。

助けを呼ぶ。

どれも重要です。

第470号「脱力ができる」には、そうした水辺の安全教育を考える中で、日高先生が現館長達に言った言葉が紹介されています。

「あなた達はまずは泳げる子供を育てんといかんぞ!」

ようどう館が担ってきた役割を、よく表した言葉です。

安全教育には多くの要素があります。

その中で水泳指導研究所としてできることは、

子供達に実際の泳力を身につけてもらうこと。

水に浮くことも、泳ぐことも、頭で知識を覚えるだけでは身につきません。

実際に水に入り、繰り返し経験して、自分の身体で覚える必要があります。

だからこそ、ようどう館はまず「泳げる子供を育てる」ことに力を注いできました。


11.泳げることと、安全教育は対立しない

ここで一つ、誤解を避けておきたいことがあります。

「まず泳げるようにする」という考え方と、

「浮いて待つことや水辺の危険を教える」という考え方は、

どちらか一方を選ぶものではありません。

泳力があっても、危険な場所へ入れば事故に遭う可能性があります。

逆に、安全について知識があっても、実際に水へ落ちた時に思うように身体を動かせるとは限りません。

泳力を身につける。

水の危険を知る。

危険を避ける。

必要な装備を使う。

緊急時には助けを求める。

状況によっては泳がずに浮いて待つ。

これらを組み合わせて考えることが大切です。

ようどう館が特に力を入れてきたのが、その中の泳力なのです。


12.「泳げるから大丈夫」が一番危ない

泳げるようになることには、大きな価値があります。

しかし、泳げるようになったことで、

「自分は泳げるから大丈夫」

と思ってしまえば、それは別の危険を生む可能性があります。

現館長は3.8kmの海を泳いでも、潮の影響を受けました。

友人はプールで2500m泳げても、最初のトライアスロンでは海のスイムを完泳できませんでした。

6年後に完泳した時でさえ、進行方向を見失って一時パニックになりました。

これらの経験から分かるのは、

泳力が高くなっても、水を甘く見てはいけない

ということです。

危険な状況では水に入らない。

海や川では、その場所のルールや状況を確認する。

子供だけで行動しない。

自然水域で活動する場合には、適切な監視や装備を整える。

溺れている人を見ても、自分の泳力だけを頼りに不用意に水へ飛び込まない。

自分の力で対処できない時には、助けを求める。

自分の限界を知ることも、「命を守る力」の一部です。


13.400mの本当の意味

ようどう館にとって、400mとは何でしょうか。

それは、単なる距離ではありません。

25mを泳いだ時のように、勢いだけではなかなか泳ぎ切れない距離です。

呼吸が必要です。

脱力が必要です。

自分のペースを知る必要があります。

水の中で身体を扱いながら、泳ぎ続ける必要があります。

そして日高先生の研究では、400m以上泳げた参加者全員が、10分間の浮標テストの上限まで浮くことができました。

だからこそ、ようどう館では400mを、

「命を守れる泳力」を考えるための一つの大切な目標

としてきました。

しかし、その数字を過信しません。

400m泳げることは、海や川での安全を保証する免許証ではありません。

400mは、

水の中で自分の身体を扱う力を高めるための目標であり、安全を考えるための土台。

そう捉えることが、ようどう館の考える400mに最も近いでしょう。


14.400mまでの道は、最初の「プカ〜ン」から始まる

400mと聞くと、水泳を始めたばかりの子供には、とても遠い距離に感じます。

しかし、ようどう館では最初から400mを泳がせるわけではありません。

最初は、ビート板を持って、

プカ〜ン。

力を抜いて浮く。

そこから始まります。

顔を水につける。

浮く。

バタ足。

手回し。

息継ぎ。

25m。

50m。

100m。

少しずつ泳げる距離を伸ばしていく。

第496号「いろいろ雑感」には、25mを初めて泳いでから約1か月後、健康運動センターへ行き、お母さんと一緒に800m泳いだと報告してくれた子供の話もあります。

現館長は、その姿を見て、

「自信が子供をさらに成長させる」

と書いています。

もちろん、すべての子供が同じ速さで距離を伸ばすわけではありません。

しかし、最初の25mを越えた先には、本人が思っていた以上の泳力が待っていることがあります。

400mは、その延長線上にあります。

そして、そのすべての始まりは、

力を抜いて、水に浮くこと。

創立当初から続く最初の練習と、400mという目標は、一本の線でつながっています。


この章のまとめ

ようどう館が400mを大切な目標としている背景には、日高先生による泳力と浮標能力の研究があります。

875名を対象とした研究では、

400m以上泳げた研究参加者は、例外なく10分間の浮標テストの上限まで浮くことができました。

この結果を一つの根拠として、ようどう館では400mを「命を守れる泳力」を考えるための重要な目標としてきました。

しかし、

400m泳げれば絶対に助かる。
10分浮ければ必ず救助される。
プールで泳げれば海や川でも大丈夫。

という意味ではありません。

現館長自身の3.8km遠泳。

そして、50歳から水泳を始めた友人の二度のトライアスロン挑戦。

これらの経験は、プールの泳力と自然水域での安全が同じではないことを教えてくれます。

だからこそ、ようどう館が考える「命を守れる泳力」には、

泳げる力を身につける。
浮く力を身につける。
水の危険を知る。
自分の泳力を過信しない。
危険を避ける。
必要なときには助けを求める。

という視点が必要です。

400mは「安全を保証する数字」ではありません。

それでも、25mで終わらず、呼吸をしながら、力を抜いて、長く泳ぎ続けられるところまで泳力を育てる。

そのための具体的で大切な目標が400mです。

そして、その400mへの道は、特別なところから始まるわけではありません。

最初の練習で、

プカ〜ンと力を抜いて浮く。

そこから、すべてが始まっています。