第10章 ようどう館の指導

― 脱力から始まる、泳げるようになるまでの道のり ―

子どもたちは、みんな違う

ようどう館に初めて来た子供に、いきなりクロールを教えることはありません。

まず水に慣れる。

そして、浮く。

力を抜く。

バタ足をする。

手を回す。

息継ぎを覚える。

25mを泳ぐ。

さらに平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎへ進む。

この基本的な流れは、創立当初から大きく変わっていません。

しかし、同じ順番で練習すれば、すべての子供が同じように上達するわけではありません。

水を怖がる子。

すぐに浮ける子。

力が抜けない子。

バタ足は上手なのに息継ぎで苦労する子。

説明を聞けばすぐできる子。

何度も身体を動かして、ようやく感覚をつかむ子。

一人ひとり違います。

だから、ようどう館の指導には、

変わらない「基本」と、その子に合わせて変える「方法」

の両方が必要です。

その出発点にあるのが、

脱力

です。


1.最初の練習は「顔上げ足ピン」

ようどう館で初めて練習する子供が行う代表的な練習が、

「顔上げ足ピン」

です。

ビート板を持ち、身体を伸ばして水に浮きます。

名前の通り、

顔を上げて、足をピン。

そして大切なのは、力を入れて頑張ることではありません。

むしろ、

プカ〜ン

と浮くことです。

第565号「顔上げ足ピン」では、この練習について改めて振り返っています。

現館長が、昔からようどう館を知る富吉先生に確認したところ、創立当初のみどり団地にあった10.5mのミニプールの時代から、この練習は行われていました。

つまり、「顔上げ足ピン」は現在になって考え出した練習ではありません。

1979年の創立当初から続いている、ようどう館の初期指導の一つなのです。


2.なぜ、最初から泳がせないのか

水泳を習いに来たのだから、

「早くバタ足をさせた方がいい」

「早くクロールを教えた方がいい」

と思うかもしれません。

しかし、ようどう館ではその前に、

水の中で身体を浮かせること

を大切にします。

水泳では、陸上とは身体の扱い方が違います。

陸上では、地面に立っています。

しかし、水の中では身体を水に預けなければなりません。

怖がって身体を固くする。

必要以上に力を入れる。

頭を上げようとする。

すると、かえって身体を扱いにくくなります。

だから最初に、

水に慣れる。
水に身体を預ける。
余計な力を抜く。

という経験をさせます。

「顔上げ足ピン」は、その入口です。


3.ようどう館が「脱力」を重視する理由

第433号「脱力して泳ぐ」では、脱力について次のように書いています。

「力がバリバリ入っている人が力を抜くのは難しく、逆に脱力ができる人が力を入れることは簡単にできる」

また、第470号「脱力ができる」では、

「全てのスポーツで言えることですが、力を入れるポイント抜くポイントがとても大切で、力を入れっぱなしではパフォーマンスは向上しない」

と書いています。

水泳も、ずっと力を入れて泳ぐわけではありません。

水をとらえる時には力を使う。

その一方で、必要のないところでは力を抜く。

この切り替えが大切です。

特に長く泳ごうとすれば、余計な力を使い続けるわけにはいきません。

第5章で取り上げた400mという目標にも、脱力はつながっています。

25mを全力で泳ぐだけではなく、

呼吸をしながら、余計な力を使わず、長く泳ぐ。

そのための土台を、初心者の段階からつくっています。


4.「浮く」から「進む」へ

浮くことができるようになったら、次は水の中を進みます。

第534号「バタバタ」では、バタ足を教える過程について書いています。

まず、浮けること。

そのうえで、足を動かす。

プールサイドなどで動きを確認する。

そして、水の中で実際にやってみる。

ここで大切なのは、

「浮く」と「進む」を最初から一緒にしないこと

です。

浮くことが不安定な状態で、さらに足を激しく動かそうとすれば、子供にとって難しいことが一気に増えます。

まず浮く。

その身体に動きを加える。

バタ足で進む。

手を回す。

一つずつ積み上げていきます。


5.水慣れから25mまで

第304号「手前味噌」には、ようどう館の指導課程がまとめられています。

大きく整理すると、初心者は、

水慣れ・顔つけ

から始まります。

次に、

浮く・脱力。

そして、

バタ足・手回し。

さらに、

息継ぎ。

ようどう館では、クロールの息継ぎを覚える際、

「1・2・3、パッ」

といったリズムを使って練習してきました。

そして、

クロール25m

へ進みます。

ここまで来ると、子供本人にも、

「泳げるようになった!」

という大きな実感が生まれます。

しかし、第4章で見たように、25mはゴールではありません。

ここから先へ進みます。


6.25mの次は平泳ぎ

クロール25mを泳げるようになった後、ようどう館では平泳ぎへ進みます。

第304号「手前味噌」が書かれた当時、クロールの次に平泳ぎを教えていた背景には、学校の水泳授業でもクロールと平泳ぎが中心だったという事情がありました。

平泳ぎでは、クロールとは異なる身体の使い方を覚えます。

特にキックは、最初につまずきやすい部分です。

足の動きを練習する。

水の中で試す。

うまく進まなければ修正する。

少しずつ泳ぎにつなげる。

そして平泳ぎを身につけた後、さらに、

バタフライ

背泳ぎ

へ進みます。

最終的には4泳法を学び、

200m個人メドレー

が1級の課題になります。


7.「正しく泳ぐ」を大切にする

ようどう館の創立以来の目標の第一番目は、

「正しい泳ぎをおぼえます」

です。

ただ向こう岸まで行けばよい。

何とか25m泳げればよい。

そういう考えではありません。

テスト会でも、長く「正しい泳ぎ」を基準にしてきました。

第304号「手前味噌」では、1級に至るまではタイムを基準にするのではなく、泳ぎ方そのものを評価する考え方が記されています。

1級の先の段位になると、タイムという要素が入ってきます。

つまり、

まず泳ぎを身につける。
その後に速さを求める。

という順番です。

速く泳げても、無理のある泳ぎでは長く続きません。

ようどう館が目指す「命を守れる泳力」を考えても、まず必要なのは、自分の身体を水の中で扱えることです。


8.「速く泳がんでよか!」

泳げるようになった子供は、どうしても速く泳ごうとします。

前の子に追いつきたい。

友達に負けたくない。

先生に上手だと思われたい。

しかし、長く泳ぐためには、速さだけを求める必要はありません。

第480号「有酸素運動で泳ぐ」で、現館長が50歳から水泳を始めた友人に繰り返し伝えたのが、

「速く泳がんでよか!楽ちんに泳ぎんしゃい。」

という言葉です。

その友人は、最初の日に25mを泳ぎ、その後3か月もしないうちに500mを泳げるようになりました。

重要なのは、無理に速く泳いだことではありません。

続けて泳げるペースを覚えたことです。

子供達にも、距離が長くなれば同じことが必要になります。

速さを競う泳ぎ。

楽に長く泳ぐ泳ぎ。

目的によって泳ぎ方は変わります。


9.「質は量の中にあってこそ」

第468号のタイトルは、

「質は量の中にあってこそ」

です。

きれいな泳ぎを身につけるためには、説明を一回聞くだけでは足りません。

実際に泳ぐ必要があります。

泳ぐ。

先生が見る。

直す。

もう一度泳ぐ。

また見る。

少し修正する。

この繰り返しです。

ようどう館では、同じコースを何度も往復する中で、指導者が子供の泳ぎを見ます。

一回だけ泳がせて、

「ここをこうしなさい」

と言って終わるのではありません。

繰り返し泳ぐ中で、

今、その子に一番必要な修正は何か

を見つけます。

ただし、

「量が多ければ多いほどよい」

という意味ではありません。

疲れて泳ぎが崩れているのに、ただ本数だけを増やしても意味はありません。

第336号「休憩の存在感」や第484号「3本目は元気な人だけ」で見たように、必要なら休憩も入れます。

量を確保しながら、その中で質を高めていく。

それが「質は量の中にあってこそ」という考えです。


10.同じ練習をしても、上達の仕方は違う

同じ年齢。

同じコース。

同じ練習。

それでも、子供の上達は同じではありません。

第440号「上達因子」では、水泳の上達に関わるものとして、

先天的な資質

本人の努力

保護者の応援や支え

指導者

練習環境

練習量

などを考えています。

ここで大切なのは、

上達を子供本人だけの責任にしないこと

です。

なかなか上達しない子を見て、

「本人に才能がない」

「本人が頑張らない」

だけで終われば、指導者は必要ありません。

指導者という要素について、現館長は、

「これは本館の指導陣が気合いを入れて臨まなければなりません。」

と書いています。

子供ができない時こそ、

どうすればできるのかを考えるのが指導者の仕事

なのです。


11.上達は一直線ではない

第440号「上達因子」で考えられている上達は、実際には単純な直線ではありません。

練習した分だけ、毎回同じ割合で上達するわけではないからです。

しばらくできない。

何度やっても同じところで止まる。

ところが、ある日突然できる。

またしばらく停滞する。

そして次へ進む。

子供の上達は、むしろ階段に近いところがあります。

ですから、

今日できなかったから、指導が無駄だった

とは限りません。

何度も経験する中で、ある時、身体の動きがつながることがあります。

指導者には、その時まで方法を変えながら付き合う根気も必要です。


12.見せることも指導

言葉だけで身体の動きを説明するのは難しいものです。

特に子供の場合、

「肘をこうして」

「腰をこうして」

と説明するより、実際に見せた方が伝わることがあります。

第457号「水底に寝転ぶ」には、プールの底を使った実演についての思い出が書かれています。

かつて佐賀水研の浜野先生が見せていたものを現館長が見て覚え、それを今度は自分が子供達に見せる。

すると子供達が興味を持つ。

ここで重要なのは、具体的な水中動作そのものではありません。

先生が実際にやって見せることで、子供の「やってみたい」を引き出す

ということです。

見本を見せる。

上手な子の泳ぎを見せる。

他の子ができるようになるところを見る。

「見る」ことも、水泳指導の重要な一部です。


13.人間関係がなければ指導は届かない

第304号「手前味噌」には、指導方法以前の大切なこととして、

「指導の大前提として大切になるのが人間関係だと思います。」

と書かれています。

同じ言葉でも、

信頼している先生から言われるのと、

ほとんど関係のできていない人から言われるのでは、

子供の受け取り方が違うことがあります。

怖い時に、

「大丈夫。やってみよう」

と言われる。

失敗した時に、

「もう一回!」

と言われる。

できた時に、

「バッチリ!」

と言われる。

そうしたやり取りを積み重ねながら、指導者と子供の関係ができていきます。

泳ぎの技術だけ知っていれば、誰でも同じように教えられるわけではありません。

目の前の子供に、その技術をどう届けるか。

そこに指導の難しさがあります。


14.「職人技」としての水泳指導

第573号「職人技」で、現館長は自分達の仕事を、

「子供達を泳げるようにする」

ことだと書いています。

そして、その仕事には「職人技」のような部分があると考えています。

例えば、平泳ぎのキックがうまくできない子がいる。

原因は一つではありません。

足の動かし方が分からない。

タイミングが違う。

力の入れ方が違う。

説明の意味が伝わっていない。

怖さがある。

それぞれ違います。

だから、同じ言葉を全員に繰り返せばよいわけではありません。

言い方を変える。

練習方法を変える。

見本を見せる。

身体の使い方を別の動きから覚えてもらう。

一度前の段階へ戻る。

その子ができる方法を探します。

第573号「職人技」では、AIが進化しても、こうした実際の子供を水の中で泳げるようにする仕事は簡単には置き換わらないだろう、という現館長自身の考えも述べています。


15.努力できることも、一つの才能

ようどう館には、強化コースがあります。

第316号「才能を育てる」では、才能について考えています。

泳ぐのが速い。

身体の使い方が上手い。

最初から水への適応が早い。

そうしたものだけを「才能」と考えるのではありません。

「努力できるということは大切な才能のひとつだと考えます。」

と現館長は書いています。

また、強化コースのような集団では、仲間の存在が刺激になります。

自分より速い子がいる。

隣で頑張っている子がいる。

それを見て、

「自分もやってみよう」

と思う。

一人では出せない力が、集団の中で出ることがあります。

ただし、強化コースだけが特別に価値のある場所という意味ではありません。

初心者でも上級者でも、その子が今いる場所から一歩進むことが大切です。


16.タイミングと力加減

第506号「ゆるゆると見える」では、宮本武蔵の『五輪書』にある、

「上手のすることはゆるゆると見えて、間の抜けざる所なり」

という言葉を水泳にも重ねています。

上手な人の泳ぎは、一見すると力いっぱいには見えません。

ゆったり泳いでいるように見える。

しかし、必要なところではきちんと力を使っています。

大切なのは、

力を入れるか、抜くか

だけではありません。

いつ力を入れるのか。
いつ抜くのか。

そのタイミングです。

ようどう館が「脱力」を重視しているからといって、

「力を使わない泳ぎ」

を教えているわけではありません。

必要な時に力を使うために、必要のない時には力を抜く。

これが大切です。


17.短期間でも変わることがある

第520号「或る体育学部の水泳」には、水泳の実技試験を控えた学生を指導した例があります。

課題は平泳で3分間で115mm泳ぐこと。

限られた回数の練習の中で、平泳ぎを修正しました。

3分間で泳げる距離は、

105m

から、

109m

そして、

112m

へ。

本番では119mを泳ぎ、試験に合格しました。

これは一つの個別事例です。

「5回教えれば誰でもこれだけ伸びる」という意味ではありません。

しかし、

どこを直せば変わるのかを見つけることができれば、短期間でも泳ぎが変わる場合がある

ことを示しています。

指導者の仕事は、ただ、

「もっと頑張れ」

と言うことではありません。

何を変えればよいのかを見つけることです。


18.ようどう館には「マニュアル」がない

第490号「チーム チーチング」には、ようどう館の指導を考えるうえで、とても重要な言葉があります。

「本館にはマニュアルがありません。しかし『テスト会基準表』という到達目標はあります。」

これは、

「先生が好き勝手に教えてよい」

という意味ではありません。

目指すところは共有されています。

どのような泳ぎができれば次へ進むのか。

テスト会で何を見るのか。

何を身につけてもらうのか。

その基準はあります。

しかし、

そこへ到達する方法を一つに固定していない

のです。

A君には、この説明が分かりやすい。

Bさんには、見本を見せた方がよい。

C君には、もう一度浮く練習へ戻った方がよい。

Dさんには、少し距離を泳がせた方が感覚をつかみやすい。

目的地は同じでも、そこへ行く道は一つではありません。


19.「チーム チーチング」

第490号のタイトルは、

「チーム チーチング」

です。

これは先代館長が使っていた言葉です。

ようどう館では基本的に担当コースがあります。

しかし、

担当の先生だけが、その子を見る

という考え方ではありません。

その時間にいる指導者全員で子供達を見ます。

上達した子がいれば、次のテスト会まで待たず上のコースへ移すことがあります。

担当者同士で相談することもあります。

ある先生がうまく教えられなかったことを、別の先生の方法ではできるようになることもあります。

一人の先生が強く注意した後、別の先生がフォローすることもあります。

つまり、チームチーチングは、

指導者一人の技量だけに頼らず、指導陣全体で子供を泳げるようにする

という考え方です。


20.「マニュアルがない」からこそ、共有する

マニュアルがないのであれば、先生によって指導がバラバラになってしまうのではないか。

当然、そういう問題が出てきます。

だからこそ必要なのが、

基準の共有

です。

第490号「チーム チーチング」にある「テスト会基準表」は、その一つです。

また、先代館長の時代から、指導について先生同士で考え、伝える機会がありました。

富吉先生のように、創立当初の指導を知る先生から受け継いできたものもあります。

一方で、子供達の様子を見ながら新しい方法も試します。

つまり、

目的地は共有する。
そこへ連れていく方法は、目の前の子供に合わせる。

ということです。

これは、ようどう館の指導を理解するうえで非常に重要な部分です。


21.基本は変えず、方法を磨く

ようどう館の基本的な指導順序は、創立当初から大きく変わっていません。

水に慣れる。

浮く。

脱力する。

バタ足。

手回し。

息継ぎ。

25m。

平泳ぎ。

さらにその先へ。

しかし、教え方まで1979年とまったく同じである必要はありません。

子供達の様子も変わります。

設備も変わります。

指導者も変わります。

蓄積される経験も増えます。

だから、

残すべきものは残す。
変えた方がよいものは変える。

第530号「不変のものはいつも最先端」でも、長年基本的なカリキュラムを変えずに続けてきたことを振り返りながら、その価値について考えています。

変わらないこと自体が目的ではありません。

長く続けた結果、

今でも有効だと考えている基本だから残っている

のです。


22.水泳指導研究所として

ようどう館の運営名称は、

水泳指導研究所ようどう館

です。

現館長は、

「水泳指導研究所の名前に負けないようにしなければ」

と考えています。

「研究所」という名前だからといって、白衣を着て実験室にいるわけではありません(笑)。

研究する場所は、毎日のプールです。

この子は、なぜ浮けないのか。

なぜ息継ぎができないのか。

なぜ平泳ぎのキックで進まないのか。

この言い方では伝わらなかった。

では、別の言い方ならどうか。

この練習ではできなかった。

では、一つ前の段階へ戻ったらどうか。

昨日できなかったことが、今日はできた。

なぜできたのか。

そうしたことを、毎日の指導の中で考え続ける。

その積み重ねが、ようどう館にとっての「研究」です。


23.指導者が考えることをやめない

マニュアルがあれば、

「この場合は、この練習」

と決めることができます。

便利です。

しかし、子供はマニュアル通りにはいきません。

同じ「息継ぎができない」でも、理由が違います。

同じ「浮けない」でも、理由が違います。

同じ「やりたくない」でも、理由が違います。

だから指導者は考えなければなりません。

第573号でいう「職人技」とは、単に長年やっているということではなく、

目の前の子供を見て、方法を選べること

なのだと思います。

そして、それを一人の先生の勘だけにしない。

先生同士で話す。

他の先生のやり方を見る。

昔から受け継いできた方法を試す。

必要なら変える。

その積み重ねによって、ようどう館の指導はつくられてきました。


24.最初の「プカ〜ン」から、すべてはつながっている

ようどう館の指導を振り返ると、最初の練習と最終的な目標は別々のものではないことが分かります。

最初は、

顔上げ足ピン。

プカ〜ンと浮く。

力を抜く。

そこから、

バタ足。

手回し。

息継ぎ。

25m。

平泳ぎ。

100m。

4泳法。

そして、長く泳げる力へ。

第5章で取り上げた400mも、その延長線上にあります。

400mを楽に泳ぐためには、余計な力を使い続けるわけにはいきません。

つまり、

最初に教える「脱力」が、長く泳げる力の土台にもなっている。

ということです。

創立当初から続く「顔上げ足ピン」が今も残っている理由も、ここにあります。


この章のまとめ

ようどう館の指導は、

水に慣れる
↓
浮く・脱力する
↓
バタ足・手回し
↓
息継ぎ
↓
クロール25m
↓
平泳ぎ
↓
バタフライ・背泳ぎ
↓
4泳法へ

という基本的な流れで進みます。

その出発点にあるのが、

「顔上げ足ピン」

です。

創立当初のみどり団地の10.5mプール時代から続いてきた練習であり、

プカ〜ンと浮いて、余計な力を抜く。

そこから水泳を始めます。

ようどう館が脱力を大切にするのは、力を使わないためではありません。

必要な時に力を使うために、必要のない時には力を抜く。

その感覚が、長く泳ぐためにも重要だからです。

しかし、基本的な指導順序が同じでも、子供は一人ひとり違います。

だから、

「本館にはマニュアルがありません。しかし『テスト会基準表』という到達目標はあります。」

目指すところは共有する。

そこへ導く方法は、子供に合わせて考える。

さらに、一人の先生だけに任せず、

「チーム チーチング」

によって指導者全体で子供を見る。

できない時には、子供だけの責任にしない。

指導者も、

「なぜできないのか」
「どうすればできるのか」

を考える。

第440号「上達因子」で現館長が、

「これは本館の指導陣が気合いを入れて臨まなければなりません。」

と書いたのも、そのためです。

そして第573号「職人技」で表現したように、ようどう館の仕事は、

「子供達を泳げるようにする」

ことです。

基本を受け継ぐだけでは足りません。

その基本を、目の前にいる一人ひとりの子供に届く方法へ変換する技術が必要です。

受け継いだ指導の基本を、一人ひとりの子供に届く技術へと磨き続ける。

そして、

子供ができない理由を考え、できるようになる方法を探し続ける。

それが、水泳指導研究所ようどう館の指導です。